「猫っスか、あんたは」
「猫は君でしょう?」
「あ。そうっスね。……って。そうじゃなくて」
 溜息混じりに言って隣に座る俺に、先輩はクスクスと微笑った。瓦の上、触れ合う手を強く握る。
「始まったみたいだね」
 指差すその方向に目を向けると、暗かった宙が明るくなっていた。遅れて音が響いてくる。
「にしても。何でこんな所で観るんすか?近い方が迫力あるのに」
「でも、人込みって嫌いじゃない。リョーマも、僕も」
 呟くオレに、先輩は微笑いながら言うと肩を抱き寄せてきた。その温もりに顔が赤くなるから、そりゃそうっスけど、と思った以上に情けない声で返事をすることになってしまった。また、先輩がクスクスと微笑う。
「じゃあ、僕たちも始めようか」
 俺から手を放すと、ちょっと待ってて、と言って先輩は立ち上がり部屋へと戻ってしまった。途端、瓦屋根の冷たさを感じて、俺は思わず身震いした。
 それにしても、妙だ。幾ら瓦が冷たいといっても、今は夏。しかも猛暑なのに。
 でも、もしかしたら。俺が感じている温度は、夏だからとか瓦の上に座ってるからだとか、そういうのは関係ないのかもしれない。夏でも冬でも、先輩と居ると暖かい。暑いんじゃなくて、暖かい。逆に、先輩が居なくなると猛暑だろうがこたつの中だろうが、寒く感じる。だとしたら――。
「お待たせ」
 カラ、と音を立てながら、先輩が近づいて来る。そのタイミングの良さに、俺は思わず顔を赤くした。けど、先輩はそれに気づいていない、もしくは気づかないフリで、持ってきた袋を顔の前に出してきた。
「な、んすか。これ」
「花火」
 見上げる俺に、ニッと微笑うと、先輩は元の位置に座った。袋を広げ、花火を手際良くばらしていく。
「ここでやるんすか?」
「うん。駄目?」
「ダメじゃないっスけど。屋根の上で花火するヒトなんて、俺、初めて見ました」
「そうだね。僕も初めてだよ。でも、約束だったからさ。二人きりでの花火。まぁ、折角だから、やるだけじゃなくて観るのも追加してみたんだけど」
 手を止めると、先輩は遠くで光っている宙に視線を移した。第一部の見せ場なのか、大きな花火が何発も連続で上がっていて、一つ一つの形が分からない程だった。
「でも、どうせなら」
 花火を見ていたら、思わず言葉が漏れた。どうせなら、何?先輩が顔を覗き込んでくる。何でもないと言いたかったけれど、先輩は見逃してくれるほど甘くないから。俺は溜息を吐くと、花火を一本手にとり、火を点けた。
「観るのとやるの、別にして欲しかったっスよ」
 そうすれば、先輩との"二人きり"がもっと増えるのに。そこまでは言葉にせずに、俺は花火を見つめた。幸いその色は赤く変わり、俺の顔が朱に染まったのを隠してくれた。
「ゴメンね」
 先輩の呟きと共に、俺の頭に優しい重みが圧し掛かる。見つめると、先輩は苦笑いを浮かべていた。俺の手にある花火から、自分のそれに火を点ける。
「来年は、別にするから」
「え?」
「毎年、僕と一緒に花火してくれるんでしょ?」
 それに、夏はまだ終わりじゃないから。来週にでも、また二人きりで花火をしよう。
 消えてしまった花火を俺の手から取り上げると、先輩は指を絡めて言った。暖かさが戻ってくる。それでもまだ少し寒かったから。俺は身体を寄せると、頷くかわりにキスをした。
 一部が終わったらしい向こうの宙は、僅かの間だけ静けさを取り戻していた。





約束については。不二リョ短編の【花火。】に書いてあります。
もうなんて言うか、被るね、お題ってね。普通にコレだけ話を書いてるとね。
屋根の上がもしかしたらこれから不二リョのお気に入りの場所になってしまうかもしれません(笑)
縁側で昼寝も良いけど、瓦屋根で日向ぼっこも良いよね。
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