Holy Ground - 1
「いいの、かな。こんな時に」
「だって約束したわ」
「……そう、だったな」
 そうだ。これは約束。

 ユージアルからタリスマンの持ち主を見つかったと電話があった時、彼女は僕の指先に自分の指先を絡め、好きだと言った。
 それは彼女から貰う初めての好きで。手を好きだと言われたにも拘らず、僕は戸惑ってしまっていた。
「はるか?」
「……いや。君に好きって言われたの初めてだから。少し、驚いた」
「そう?」
「そうだよ。僕をずっと見てたとかそういうことは言ったけど。好きって言葉は聞いたことがなかった」
 絡めた手を下ろし、思い返す。そう。好きだと、直接言われたことは無い。それを匂わせるような発言は何度か耳にしていたけれど。
「言わなければ、分からない?」
 過去に想いを馳せていると突然、みちるは手を解いて窓辺に腰を下ろした。それから僕に迫るような形で、再び手を握った。
「何を……」
「私が、はるかを好きってこと」
 僕の手を引き寄せ、唇を落とす。それだけじゃなく、今度は彼女の方から体を寄せてきた。耳元で名前を呼ばれ、くすぐったいのとは違う、形容しがたい感覚が僕の体を包む。
「おい、どうしたんだよ、みちる。よせよ」
「この手だけじゃなくて。私は、貴女が好きなの」
 僕の背に、彼女の手が回る。はっきりとした声とは裏腹に、その手は微かに震えているように思えた。
「……みちる?」
「いけないことだとは分かっているわ。戦士としても、この地球の住人としても。だけど」
「みちるっ」
 彼女の指先が背中に食い込み始めたころ、僕は強く彼女の名前を呼んで言葉を遮ると、無理矢理その体を引き剥がした。見つめた彼女の目からは、思っていた通り、今にも涙が溢れ出しそうで。
「はるか、やっぱり怒って……」
「当たり前だろ」
「そうよね。私たちには何よりもまず、プリンセスを大切に想わなければ」
「そうじゃない。そんなことに怒ってるわけじゃない」
「……はるか?」
「僕が怒ってるのは。何でもっと早く言ってくれなかったのかってことだ」
「え?」
 意味が分からないとでもいうような表情をする彼女に、僕は一呼吸吐くと優しく微笑んだ。彼女の肩を掴んでいた手を滑らせて、少し前に自分がされたようにゆっくりと指を絡める。
「みちる。僕が今、先に覚醒した君に追いつくために躍起になってるのは分かっているだろ?今の僕は前しか見えてないんだ。だから、言ってくれなきゃ。君が言ってくれなきゃ、僕は……」
 そこまで言って、僕は言葉を詰まらせた。違う、と頭の奥で誰かが呟く。
 違う。そうじゃない。彼女が、言ってくれなかったことが悪いんじゃない。そう、悪いのは僕だ。いつだって。
「……ごめん、みちる。そうじゃない。君が悪いんじゃない。君の気持ちに今まで気づかなかったなんて。僕はバカだ。腹を立てるなら、僕自身の鈍感さにだ」
 すまない。呟いて、彼女の手に唇を落とす。けれどその手は逃げるように解かれてしまった。
「はるか、ちょっと待って。私、よく分からないわ。貴女の言っている意味が。いいえ。分かってはいるの。でも。信じられなくて」
 両手で赤くなった頬を隠しながら、言う。それは、僕に好きだと言った時の大人びた表情からかけ離れていたもので。僕は思わず微笑った。
「みちる」
「ねぇ、お願い。もっと分かり易く言って。たった一言でいいから。貴女の口から」
 彼女の言葉に頷くと、僕はその頬を覆っている手を取り握った。目を閉じ、深呼吸をする。そして。
「好きだ」
 はっきりと、今まで言葉にしなかった想いを声にした。
「私も。好きよ、はるか」
 お互いに心の中に溜めていた想いを吐き出し、微笑む。そのまま見つめ合っていると、自然と唇が重なった。初めて触れる感触に、何故か泣きそうになる。
「バカだな、君は。こうする時間なら、他に幾らでもあったはずなのに。よりによってこんな時に」
「違うわ、はるか。こんな時だからよ。例えこれでどちらかが先に死んでしまったとしても。この思い出だけで生きて行ける」
 思い出。思い出?考えたくないな、そんなこと。だって僕たちは。
「これから始まるってのに、そんなこと言うなよ」
「それも、そうね」
 未だ残る終末への不安。それから目をそらすように、僕たちは微笑った。
 そして、約束をしたんだ。
 タリスマンを無事手に入れたら続きをしよう、と。

「ねぇ。灯り、消してくださらない?」
「え。このままじゃ駄目?君を、ちゃんと見たいんだけど」
「……お願いよ」
 恥ずかしいのか僅かに顔を伏せて言う彼女に、僕は苦笑すると灯りを消した。
 部屋は窓から入り込む月の光で、深海にいるかのように青みを帯びていた。


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