赤い絆 1
「こいつら、一体なんなんだ」
 技を容易くよけられたことに舌打ちをすると、ウラヌスは叫んだ。
「分からないわ。でもこの地球に害をもたらす敵であるということだけは確かよ」
 向かってくる敵の閃光弾を紙一重でかわしながら、ネプチューンも叫び返す。
 あの日、世界は沈黙から守られた。
 うさぎたちの前から姿を消したはるかとみちるは、別の高校へは編入せず、二人で暮らしていた。戦士という道を選択した時に、一度は諦めてしまったそれぞれの夢へと向かって。
 忙しいながらも平和で充実した日々。時折、タリスマンを抜かれた時の記憶や沈黙の夢の残骸に悩まされはしたものの、お互いもう二度とリップロッドを手にすることはないと思っていた。
 だが。
 突然現れた二体の敵が、二人に再びロッドを掲げさせていた。
「天界震っ」
「深水没」
 敵はそれまで二人が戦ってきたダイモーンたちよりも遥かに強かった。いや、力自体は大したことはないのだが、素早さはウラヌスにも匹敵した。
「くそっ、またか」
 兎に角、こちらの大技が当たらない。
 敵はウラヌスたちの攻撃を巧みに避けながら、威力は低いが速度のある技を繰り出しては二人の体力を少しずつ削っていた。
 このままじゃジリ貧だな。長引くと危険だ。
 ウラヌスは自分の頬を伝う血を拭っては、歯軋りをした。
 敵の細々とした攻撃と、何より自分達の繰り出す当たりもしない技によって、二人の体力は見た目の怪我以上に消耗していた。殊にネプチューンは、ウラヌスほどの素早さがないため敵の攻撃を多く受けている。
 奴らを仕留められるには、どうすれば。
 敵が中距離の間合いを保っているため直接攻撃に持ち込むことすら出来ず、ウラヌスは次第に動きが鈍ってきているネプチューンの様子を気にしながら、何とかこの状況を打破する方法を考えていた。
 いや、考えていたわけではない。実際には、迷っていた。
 敵を倒す方法を、既にウラヌスは思いついていた。だが、その行動を起こす切欠が掴めない。いや、それよりもウラヌスを迷わせたのは、敵の正体が分からないということだった。
 はるかが覚醒した当時、ダイモーンは人間を取り込んでその姿を形成していた。もし、今回の敵も同じタイプなのだとしたら。一撃で倒すことはつまり、関係のない人間を殺すということになる。
 しかしだからといって、いつまでも迷っている時間も体力も、ウラヌスにはあまり残されていなかった。無論、ネプチューンにも。
 それに、もし敵が何らかの奥の手を隠し持っていた場合、この状況では、自分達に勝ち目はない。仕留めるのであれば、一撃で決める以外に方法はなかった。
 どうする。やるしかないのか。
 迷いに、ウラヌスの動きが鈍る。
 瞬間。
「うぐっ」
 それまで中距離攻撃を決め込んでいた敵が、一気に距離を詰めたかと思うと、そのままウラヌスに突進してきた。
「ウラヌスっ」
 聞こえてきた呻き声にネプチューンは振り返り叫んだが、体をくの字に折り曲げたウラヌスは、敵を敵をその腹に抱えたままネプチューンの視界から消えていってしまった。

「くっ」
 吹き飛ばされたウラヌスは気を失いかけていたが、自分の体を切りつけては折れていく木の枝が与える痛みに、辛うじて意識を取り戻した。
 何とか減速させようと、足を伸ばしては地面に踵をつける。しかし敵は自ら推進力を生み出しているのか速度を落とすことはなく、ウラヌスの踵は地面を滑るその勢いに幾度も弾き飛ばされていた。
 くそっ。
 どうにもならない状況に歯軋りをしたものの、これはウラヌスにとって好機でもあった。
 素早く逃げ回る敵に技を当てるには、至近距離で、更にいうなれば直にぶつけるしかない。
 やるなら今しかない。だがっ。
 未だ緩まない速度に敵の意図を感じ取ったウラヌスは、背後に目をやった。そこには岩壁がそびえ立っており、敵が自分をそこに叩きつけるつもりなのだろうと気付く。
 自分をぶつける前に敵は離れるはずだが、この速度では多少の減速は出来たとしても、その衝撃は計り知れない。それが例え、星の力を纏った姿であったとはいえども。
 今更何を躊躇うことがある。
 ウラヌスの中で、誰かが叫ぶ。
 このままだと、僕だけじゃなくネプチューンまでやられるんだぞ。そうなったら、僕たちがやられたら、誰がこいつらを倒すというんだ。僕は戦士だ。この地球を守らなくてはならない。
 だが、もし人間がっ。
 やるしかないんだ。
 しかし。
 やるんだ。
 だが。
 やれっ。
「くっそぉ」
 体の奥で響き渡る声に、ウラヌスは雄叫びを上げると左手で自分を吹き飛ばし続ける敵の体を強く掴んだ。右手では拳を作り、力を集める。
「天界震っ」
 そうしてウラヌスは技を唱えると、敵の体に直接手を当て、渾身の力で光を放った。


【NEXT】


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