赤い絆 2
「ウラヌスっ」
 遠く離れていても分かるほどの光と爆音に、ネプチューンは眼前の敵が技を放った直後であることも忘れ、声を上げた。ウラヌスの元へと足を動かすよりも早く、敵の攻撃がネプチューンを直撃する。それは二度、三度と連続して襲い掛かり、気がつくとネプチューンははるか後方にあったはずの巨木まで飛ばされていた。
「くっ」
 攻撃を受けた腹部と、巨木に打ちつけた背中の痛みに耐えながら、ネプチューンは何とかして立ち上がる。だが、いくら攻撃力の低い技とはいえ、体力を消耗しているところに直撃を連続してくらったため、背後の巨木にもたれながらでないと今にも倒れてしまいそうなほど、その足元はふらついていた。
 ウラヌス。
 しかしそんな中でも、ネプチューンは眼前の視線は敵ではなく、その先にいるはずのウラヌスに向けられていた。まさかウラヌスに限ってやられるはずはないと信じてはいるが、自分の置かれている状況を考えると、楽観は出来ない。
「ウラヌス」
 お願い、無事でいて。
 祈るような気持ちでその名を呟くと、ネプチューンは視線を敵に戻し、構えを取った。睨みつけるネプチューンの気迫に、敵が僅かに気圧される。
 だがそれは、ハッタリでしかなかった。
 ネプチューンには今、たった一度の技を繰り出すほどの力すら残っていなかった。出来ることといえば、そう、ウラヌスを連れてこの場から一端引くこと。それをウラヌスが許さないであろうことは分かってはいるが。
 貴女を死なせるわけにはいかないの。
 ネプチューンは一瞬だけ敵の後方に視線を動かし移動経路を確認すると、ふらつく足で走り出した。いや、走り出そうとした。
 だが、ネプチューンの視線を見逃すことはせずその意図を読み取った敵は、ネプチューンの足元に例の威力の低い技を撃った。
「うっ」
 技は直撃こそしなかったものの、ネプチューンの足首を切りつけ、駆け出すタイミングを失ったネプチューンは地面を舐めた。
 体力の消耗を見透かしているとでもいうように、敵がゆっくりとネプチューンに近づいてくる。
 今私がやられたら、ウラヌスが。どうしたらいいの。
 最早両手で体を持ち上げることさえ出来ず顔だけを上げて敵を睨みつけながら、ネプチューンは思考を巡らせた。それは、敵が攻撃の構えを取ってもなお、続けられていたのだが。
 駄目っ、やられる。
 敵がこれまで以上の攻撃を放つモーションを取ったところで、ネプチューンはようやく思考を中断した。少しでもダメージを減らそうと、顔を伏せ、頭を抱える。
 その時。
「伏せてろ、ネプチューン」
 凛とした、声が響いた。
 ウラヌス、無事だったのね。
 安堵と嬉しさにネプチューンは再び顔を上げた。だが、その目に入ってきた光景に、ネプチューンは言われた通り顔を伏せて置けばよかったと、心底後悔した。
 ネプチューンの前に現れたウラヌスは、駆けてきたその勢いで敵を殴り飛ばした。そのウラヌスの手は、いや、手だけではなく全身までも、それまでウラヌスが相手をしていた敵のものであろう血に赤く染まっていて。乾ききっていないその色は、殴った衝撃で僅かに飛び散り、ネプチューンの頬へと張り付いた。
 一体、何があったというの。
 目の前のウラヌスが血に塗れていたことよりも、その口元が愉しげに歪んでいたことに、ネプチューンはそんな疑問を浮かべずにはいられなかった。しかし、ネプチューンはそれを口にすることは出来ず、ただ目の前で行われる惨劇を見つめていた。
 惨劇。そう、それはまさに惨劇だった。
「形勢逆転、だな」
 倒れた敵の前に立ったウラヌスは、ゆっくりとした動作で敵の左腕を掴み上げた。僅かに浮いた敵の肩を踏みしめ、今度は強く腕を引く。
「がっ」
 肩が外れたのだろう。それまで僅かではあるが抵抗していた敵の腕からは力が抜けていた。しかしウラヌスはそれだけで解放しようとはせず、両手でその腕を掴むと、一気に捻り上げた。
「ぐぎゃあっ」
 醜い悲鳴と、それに混じって聞こえてくるぶちぶちと何かの切れる音。腕の取れた肩からは鮮血が噴き出し、それはウラヌスを更に赤く染めていた。
「終わりだ」
 愉しげな声で言うウラヌスが、掲げた拳に光を宿す。
 あなたは、誰。私の知るウラヌスは、はるかは、敵を傷つけることにさえ心を痛める人。ねぇ、あなたは誰なの。
「ウラヌス」
 混乱の中、ネプチューンは弱々しくではあるが、何とかそれだけを口にした。
 その声に技を放とうとしていたウラヌスは、大袈裟なほどに体をビクつかせた。拳からは一瞬にして光が消え、掲げていた腕は重力にしたがって力なく下ろされる。
「ガアッ」
 その隙を突くかのように、敵は悲鳴とは違う声を上げると、ウラヌスの足元から抜け出した。素早く千切れた左腕を拾い上げる。しかしそこから二人に攻撃を仕掛けるようなことはなく、敵は左腕を大事そうに抱えたまま、森の奥深くまで逃げ去ってしまった。
 みすみす敵を逃してしまうことは明らかに失態であったが、ネプチューンには敵を追うほどの体力はなく、ウラヌスにいたっては敵を目で追うことすらせず、ただその場に立ち尽くしていた。
「ウラヌス」
 先程までとは打って変わったウラヌスの様子に、ネプチューンはもう一度その名を呼んだ。そこにいるのが、自分のよく知っているウラヌスであることを願って。
「ネプチューン」
 その願いが届いたのか、ゆっくりと振り返ったウラヌスは、いつもの優しい声と表情をしていた。
「大丈夫か」
 ネプチューンの前に立ったウラヌスが、手を差し伸べる。
「ええ。貴女が助けに来てくれたから」
 自分を心配してくれるウラヌスが、自分のよく知る姿であったことに胸を撫で下ろしたネプチューンは、差し伸べられた手を取ろうと、腕を伸ばした。
 しかしネプチューンの手は、ウラヌスに触れる前に動きを止めてしまった。
 ネプチューンに差し伸べられた、赤い手。それは二体の敵の血が染みこんだ、うち一体に関しては恐らく命までも染みこんでいる、汚れた手だった。
 不意に、ネプチューンの脳裏にウラヌスの笑みが甦る。それはどうしたって戦闘を、その先にある惨状を愉しんでいる表情。
 躊躇うネプチューンに、ウラヌスが静かに腕を下ろす。
「大丈夫なら、いいんだ」
 聞こえてくる弱々しい声に我に返ったネプチューンが見上げると、そこには脳裏に見ていたものとは反対の、哀しげな笑みを浮かべたウラヌスがいた。
「あ」
 手を取れなかったことをどう言い訳すればいいのか分からずただ呆然と見つめていると、ウラヌスはネプチューンに背を向けて変身を解いた。
 歩き出すはるかに、慌ててネプチューンも変身を解く。
「はるか」
 ふらつく足でなんとかはるかに追いつき、今度こそとその手を取ろうとした。
 だが。
「触るなっ」
 あと僅かという時に聞こえた、今まで聞いたこともない怒鳴り声に、みちるの手ははるかに触れることなく再び止まってしまった。
「思考と感情が必ずしも一致しないってことくらい、分かってるさ」
 静まり返った空気の中、呟くように言うと、はるかは息を吸い込んで宙を仰いだ。
「大丈夫。今は少し、混乱しているけど。僕はまだ、戦える」
 強く、自分に言い聞かせるように言い、はるかはみちるに微笑んだ。だがその表情は今にも泣き出しそうで。それがかえってみちるから言葉を奪ってしまっていた。
「けど今は独りにさせてくれないか。そんな体で、独りで帰るのは少し辛いかもしれないけど」
 何も言えないままのみちるに、はるかは追い討ちをかけるように早口で言うと、再びみちるに背を向けて歩き出した。
「はるか」
 静寂の中、独り取り残されたみちるは、はるかの姿が夕闇に飲み込まれる頃になってようやくそれだけを呟いた。


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