花火が終わる頃。
「何しに戻ってきた」
 俺の座っている木の下に立ち、こちらを見上げている男に呟く。それは拒絶の色を含んでいたのに、よく分かりましたね、といいながら平然と俺の隣に座った。
「気配、消してきたつもりなんですけどね」
「見ていれば分かるだろう」
 花火とやらで遊んでいる幽助たちを縁側に座って眺めていたかと思うと、おもむろに立ち上がりこちらに歩いてきた。その瞬間、気配はなくなったが、だからと言って姿が見えなくなるわけではない。夜の闇に見失うほど、邪眼の性能は悪くない。
「そっか。見ていたんだ」
 見えないはずの幻海の家を眺めながら、蔵馬は嬉しそうに呟いた。
「ちっ」
 失言だったと気づき舌打ちをするが、それは余計に蔵馬の顔を綻ばせるだけだった。この暗さでは頬の色までは分からないだろうことを願い、睨みつける。
「照れない、照れない」
 伸びてきた手が頬に触れ、そのひんやりとした感触に閉口する。
「なに、しにきた」
「花火。なんか、コレばかり大量に残っていたので。少し貰ってきました」
「何だ」
「線香花火ですよ」
 俺の前に出した紐のような花火に、幽助が使っていたのだろうライターで火をつける。たちまち燃え上がったそれは、けれど燃え尽きることは無く。オレンジ色の丸い球体となった。
「で」
「もう少し、待っていてください」
 思いがけず真剣な声。見ると蔵馬は線香花火を一心に見つめていた。
 なんなんだ。思いながら花火に視線を戻すと、それは弱々しい音を立て、火花を飛ばし始めた。
「綺麗でしょう。少しでも揺らすと、落ちて駄目になってしまうのですが。気をつければ、こうして火花を散らすんです」
「ふん。くだらん」
「そう思うなら、やってみてください。最後まで落とさないようにするのって、結構難しいんですよ」
 はいと新たな花火を差し出してくる。
「誰がやるか」
「まぁ、飛影は途中で落としてしまうでしょうからね」
 挑発的な声。苛立ったが、その手にのるほど馬鹿ではない。だろうな、と返すと、蔵馬は案の定意外そうな顔をした。そのツラにしたり顔をする前に、ため息を吐かれてしまう。
「まあいいか。じゃあ、やりたくなったら言ってください。オレ、勝手にやってますから」
 もう少し食い下がるかと思ったが、あっさりと気を取り直すと蔵馬は俺に差し出していた線香花火に火をつけた。
 こんな木の上で、風が吹かないはずが無い。それでも蔵馬は見事に最後までオレンジの球を落とすことは無かった。本当は落ちないようになっているのではないかという疑問さえ浮かんでくる。だがそれを言葉にした途端、それならやってみろと言われることは分かっているので黙っていることにする。それに。
「どうかしました?」
「いや」
 真剣な表情で花火を見つめる蔵馬のツラを見るという行為は、それはそれで悪くは無い。それも、俺自身の目で。
「飛影」
「何だ」
「脆弱な、人間界の火も。悪くないでしょう」
「そうだな」
 悪くない。花火自体は退屈だが。それがもたらすものは、悪くない。
 頷いた俺の言葉の意味を、何処まで理解しているのかは分からないが、蔵馬は視線を俺に向けると嬉しそうに微笑んだ。
 その瞬間、手元からオレンジの光が落ちていったことに、俺も蔵馬も暫く気付かなかった。



1000のお題【957.風物詩】の続き。
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