FACE

「コンタクト」
 パタン、と本を閉じる音と共に、溜息混じりの声が聞こえてきた。
「には、しないの?」
 椅子を回転させた俺の目を見つめ、不二が言う。
「お金が無いなら、僕が買ってあげるよ。今日、乾の誕生日だしね」
 座っているベッドの隣を叩き、俺を呼ぶ。ここで拒否をしてもどうせ力尽くで座らせられるのだから、俺は素直にそれに従った。ただ、パソコンを切るという行動が間に入ったため、直ぐに隣に座ったと言うわけではないのだが。とりあえず、不二の機嫌を損ねずには済んだようだった。
「37回」
 隣に座ったことに満足げな笑みを見せる不二に、溜息混じりに呟く。何?と曇らせた顔に、俺はまた溜息を吐いた。
「今年度に入ってから、まだ2ヶ月と少ししか経っていないのに、その台詞を言うのは今ので37回目だ。お前は、そんなに俺にコンタクトをつけさせたいのか?」
「………コンタクトにさせたいっていうか」
「っ、おい」
「眼鏡(これ)が好きじゃない」
 抵抗する間もなく不二は眼鏡を奪うと、それを俺の手の届かない所へ置いた。……ようだった。
 それでも諦めきれず手を伸ばす。と、逆にその手を引っ張られ、唇を重ねられた。そのまま、不二の上に倒れこむ。
「これぐらいの距離なら僕の顔、はっきりと見えるんだよね?」
「………まぁな」
 貫くような、真っ直ぐで強い視線。俺はそれから目をそらすと、眼鏡を取り戻すことは諦め、体を起こした。
「どっちかをとると、どっちかが駄目になるから。コンタクトだったら、両方叶うかなって」
 体制を立て直すことを拒まれると思ったが、不二も俺から僅かに遅れて体を起こすと、俺に眼鏡を返しながら言った。眼鏡をかけ、今度は俺が顔を曇らせ、不二を見つめる。
「だから。あれくらいの距離。別にそれでもいいんだけど。いつでもどこでもって訳にはいかないでしょう?」
 相変わらず理解不能な不二の言葉に、俺はノートを手に取ると、無駄だと知りつつも解読コードを探した。まぁ、案の定、今の不二の言葉を解読するヒントすらそこには書かれていなかったのだが。
「まだ、僕の言葉、分からないんだ」
「分かる奴がいるなら、一度お目にかかりたいものだな」
「いるよ。うちの姉。裕太は、まだ無理かな」
「……家族ですら解読出来ないものを、他人である俺がどうやって解読しろって言うんだ?」
「愛の力で」
「……生憎、俺はそんな非科学的なことは信じない主義でね」
「顔をさ、見たいと思うじゃない?」
「?」
「だから、乾の、顔」
 突然話題が戻ったものだから、俺は相当遅れて、ああ、と反応した。それを見た不二が楽しげに微笑ったが、お前の会話の進め方に問題があるのだと、反論する気は起きなかった。
 不二の姉は勘が鋭いと聞く。恐らくそれで不二の会話を理解しているのだろうが。そうなると、やはり一般人が不二の言葉だけを頼りにそれを理解することは不可能だろう。
 俺に出来ることといえば、少しでも詳しく、不二に話をさせることだ。極力、話題が逸れないように気をつけながら。だがそれも、こうして会話をしていると、不可能なことに思えてくる。
 そもそも、何故こんな厄介な奴を好きになったのか。それ自体が、非常に不思議だ。
「乾?」
「あ、ああ。すまない。話を続けてくれ」
「うん。だからね。僕が乾の顔を見たいと思うじゃない。けど、その眼鏡が邪魔で見れなくて。だから、眼鏡をとるわけ。でもそうすると、今度は乾が、僕の顔を見れなくなるじゃない。このくらいの距離なら別だけど」
 言うと、不二は唐突に俺に接近し、唇を押し当てて微笑った。突然のことに、また遅れて反応が現れる。頬が、熱い。
「けど、コンタクトなら。僕は乾の顔をどんな時だって見ることが出来るし、乾だって僕の顔を見ることが出来る」
 まぁ、その眼鏡が透けてくれれば、別にコンタクトなんかにしなくても良いんだけど。
 赤くなった頬に対してなのか、不二は俺の顔を見て楽しそうに微笑いながら言った。
「そういうわけで。コンタクト。ね?」
「……そこまで色々考えていてくれるのは嬉しいが。お断りしておくよ」
「何で?」
「色々と事情があるんだよ。こっちにも」
 覗き込んで訊いてくる不二の額を押し、目をそらして答える。
 多分、まぁ、こんなことを言ったら最低だとか言われそうだから、秘密にはしておくけど。意味不明な不二を好きになった一番の理由は、顔だと、思う。
 だから、まぁ、どんな時でも不二の顔が見れるのも困るし。それに、こうして不二が顔を覗き込んで来なくなることも、それはそれで困る。
「……ふぅん」
 俺の思考を読んだのか?と言うタイミングで不二が呟く。何だよ、と訊くけど、何でもないよ、と笑顔で返された。こうなってしまうと、もう何も言えなくなる。やはり、俺の弱点は不二のその顔だ。例えそれが、何か裏のあるものだったとしても。
「じゃあ、しょうがないよね」
「………は?」
 不二の笑みが崩れたかと思うと、俺は思い切り押し倒された。圧し掛かった不二が、これでもかと言うほど、わざとらしい笑顔を作る。
「不二?」
「誕生日プレゼント。コンタクトって思ってたんだけど。駄目になったからさ。去年と同じ物で、いいよね?」
「去年と………!?」
 思い出して、俺は硬直した。去年の誕生日。の、次の日。不二からのプレゼントのせいで、俺は学校を休むはめになった。
「まぁ、そう言う訳で」
「ち、ちょっと待てっ、おい!!」
 青ざめている俺に不二は楽しげに微笑うと、やっとの思いで抵抗を始めた俺の腕を押さえつけ、鼻歌まじりに服を剥いで行った。



去年の誕生日については、『Mitternacht』を読んでくだされば。
タイトルがテキトーですみません。
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