赤い絆 6
 何処にいるの。
 マンションを飛び出したみちるは、白い息を吐きながら、額に滲んだ汗を拭った。
 はるかの行きそうな場所に心当たりは無かったものの、兎に角、二人で行ったことのある場所を中心にはるかの姿や車を探してみちるは街中を走り続けていた。
 汗ばむ手首に、意味のない通信機を外す。それはマンションを出る際にみちるが一度鳴らしていたのだが、その音ははるかの部屋で虚しく響いただけだった。
 一緒にいるのにこんなもの持ってるのも変じゃないか。
 そんなことを言っては、はるかはよく通信機を部屋に置き去りにしていた。特に、一日みちると共に過ごすと決めた日は。
 そう、昨日は本来ならば、はるかとみちるは一日中一緒にいるはずだった。
 敵さえ現れなければ。いや、少なくとも、自分がはるかを拒絶さえしなければ。朝までずっと一緒だったはずだと、そんなことを思っては、みちるは胸元を押さえた。
 本当に、何処にいるの。
 走ったせいだけではない胸の痛みに顔をしかめながら、みちるは状況を悲観し始めていた。もしかしたらはるかは車で遠い街まで行ってしまったのかもしれない。もう二度と、自分の元には戻らないつもりで。
 僕は一度総てを捨てたんだ。そして残ったのは君だけ。けど、君さえいればそれで充分なんだよ。
 いつかのはるかの声が、みちるの耳に甦る。
 残った私すら失ってしまったら、あの人がこの街に留まる理由なんてないわ。でも。
 大丈夫だと、まだ戦えると言ったはるかの言葉を、みちるは信じたいと思った。それは酷く身勝手な願いであることは分かってはいたが。
 はるか。お願い、帰ってきて。
 酷い仕打ちをした自分を許してくれなくていい。使命という名の運命に巻き込んでしまったことを、いっそ憎んでもいい。それでもただ一言、どうしても伝えたい、伝えなければならない言葉が、みちるの中に生まれていた。
 はるか。
 かじかんだ両手を胸の前で組み、はるかの名前を痛む胸の奥で叫ぶ。
 すると、その願いが届いたのか、遠くでウラヌスの気配を感じた。
 まさか。戦っているの、あんな体で。
 気配を感じた喜びと、その先にある不安に混乱しそうになる頭を静めるよう、みちるは深呼吸をするとタリスマンを取り出した。意識を集中させ、ウラヌスの姿を、その鏡に映し出す。
「はるかっ」
 鏡に映った映像に、みちるは思わず叫んだが、無論それがウラヌスに届くはずもなく。
 そこにいたウラヌスは、昨日と同じ場所で、昨日逃した敵と対峙していた。その敵の手中には、気を失った人間が一人。
 いけないわ、このままでは。
 きっとはるかは一睡もしていない。昨日の体力だってろくに回復していないはずなのに、人質まで取られていたら。いいえ、そんなことが問題なんじゃないわ。もし。もし、はるかが自棄でも起こしてしまったら。
 自分の想像に、思わず背筋に悪寒が走る。
 お願い。無事でいて。
 みちるは鏡から顔を上げると、はるかのいる方へ迷うことなく走り出した。
 途中、はるかから夢を奪い、そしてはるかを傷つける原因となった戦士としての姿が、自分達を否が応にも繋いでいるという皮肉に、顔を歪めながら。



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