赤い絆 7
「動くなよ」
 人質をとられ、ウラヌスは追い詰められていた。敵の言われるままに立ち尽くし、攻撃を甘んじて受ける。その矛先は、殆どが左腕だった。
 恨みがましい奴だ。
 敵は昨日逃した相手だったが、持ち帰ったものを繋げたのか、トカゲのように再生させたのかは分からなかったが、ウラヌスのねじ切った左腕は何事も無かったかのように存在していた。そして今、その左腕は、人質を盾にしている。
 くそっ。
 昨日の疲れは計り知れず、ましてろくに休んでもいない体で、ウラヌスはいつ崩れ落ちてもおかしくない状態だった。しかし、それは許されるはずもなく。
「まだだ。まだ倒れるな。お前が倒れれば、コイツが死ぬことになる」
 いたぶることを心底愉しんでいるような声に、嫌悪感が走る。だが、その敵の姿が昨日の自分と重なり、ウラヌスは思わず目をそらした。それでも現実は容赦なくウラヌスの左腕に襲い掛かる。
「そういえば、もう一人はどうした。隠れてオレを狙ってるのか。それとも」
「お喋りな奴だ。相棒が死んで淋しいのか」
 ネプチューンのことを持ち出され、苛立ったウラヌスはそらしていた目を敵に向けた。その眼光は鋭く、敵は思わず息を詰めた。
「余り調子にのらない方がいい。僕にはもう、何もないんだ。あるとすれば、そう、血に塗れたこの手と、汚れきった魂だけ」
「まさか、お前っ」
 右腕を振り上げたウラヌスに、敵は呻くと慌てて自分の横につけていた人質を正面へと持ち直した。
「い、いいのか。そのまま技を放てば、こいつに当たるぞ」
「言っただろう。僕にはもう、血に塗れた手しかないんだ。それだけの犠牲でお前を倒せるのなら、構わないさ」
 総てを消し飛ばすほどの、有りっ丈の光を拳に集めたウラヌスは、そのまま敵に向かって駆け出した。その僅かな時間の中で、昨日の自分がフラッシュバックする。
 もしまた集めた力が足りず、敵を消し飛ばせなかったら。そして、その血を全身に浴びてしまったら。またあの状態になってしまうかもしれない。だが、それでもウラヌスは足を止めることはしなかった。
 しかし。
「ウラヌスっ、伏せて」
 あと数メートルで敵に手が届くという時、予期しなかった声が響いた。
 驚いて速度を緩めたウラヌスが振り返るよりも早く、視界にネプチューンが飛び込んでくる。
 どうして。
 その呟きは、音を持たなかった。
 ウラヌスの視界に入ってきたネプチューンは、人質を引き剥がすように敵に体当たりをして吹き飛ばすと、躊躇うことなく両手を掲げた。
 まさかっ。
「やめろ、ネプチューン。君はっ」
 自分に向かって倒れてくる人質を受け止めながら、嫌な予感にウラヌスは叫んだ。
「深水没」
 だが、ウラヌスが制止の声を上げ、その手を伸ばしたときには既に遅く。ネプチューンは技を唱えると、倒れた敵の胸に両手を当てて深水没を放った。
 そこから先は、ウラヌスの目にスローモーションのように映った。
 放った技の水流が渦を巻き、敵の体をバラバラに引き裂いていく。至る所で上がる血飛沫。飛び散る肉片。それらは引き寄せられるかのようにネプチューンの体に張り付いていった。
 見る間に赤く染まりあがるネプチューン。
 それは、昨日、はるかがウラヌスの内側で一人見ていた光景となんら変わりのないものだった。
「そん、な」
 赤く染まった水流が消え、技の反動が静まり返るころ、ようやく呟いたウラヌスにネプチューンはゆっくりと振り返った。その行動までもが、昨日の自分と重なる。
 しかし、ウラヌスの不安をよそに、そこにいたネプチューンは、他の誰でもなく、いつもの、はるかのよく知る海王みちるだった。
「みちる」
「これで同じね、はるか」
 全身を真っ赤に染めながら、真っ青な顔で微笑うと、ネプチューンはその場に崩れ落ちた。
「ネプチューンっ」
 距離がそれほど離れていなかったことが幸いしたのか、人質をそのままに駆け出したウラヌスは、なんとか足元の血黙りにネプチューンを沈めることなく抱きとめることが出来た。
「馬鹿だよ、君は」
 疲労のせいだけではなく気を失ってしまったネプチューンに、ウラヌスは顔を歪めた。
 いつでも君は、僕を守ろうと無茶をする。僕は。君に守られるほどの価値なんて、無いのに。
 力なく垂れ下がったネプチューンの血塗れの手をとり、そこに唇を落とす。
「本当に、馬鹿だ」
 赤く染まった体を強く抱きしめ、消え入りそうな声で呟いたウラヌスの目からは、温かい雫が溢れていた。



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